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第5話 ほしかったモノ①

last update Last Updated: 2025-05-31 17:21:05

 夜になると、賑やかだった通りも静けさを増し闇に包まれる。

 等間隔に並ぶ外灯が道を照し、歩くのに差し支えない程度に明るかった。

 目的の場所へと続く暗い道、そこを一人の少女が歩いていく。

 ゆりあは果たし状に記されていた公園へと向かっていた。

 近所で一番広い公園で、昼間は人も居て穏やかな印象だったが、夜は少し不気味な雰囲気を醸し出している。

 あの手紙はいったい誰が差し出したのだろう。悪魔の契約のことまで書かれていた。

 公園に到着したゆりあは、警戒しながら辺りを見回す。

「木崎ゆりあ」

 ふいに声をかけられ、ゆりあは振り返る。

 そこにいたのは、小柄な少女だった。

 ゆりあと同じくらいの歳だろうか、いや、それより年下に見える。

 黒く長い髪が夜の闇に溶け込み、月夜に照らされた部分だけが綺麗な光を放っている。

「あなたが手紙を?」

 ゆりあは訝しげにあゆを見つめる。

 暗がりで、どんな表情をしているのかわからない。

 ただ、小さい体から発せられているオーラはとても強く、ゆりあを少しだけ怖気づかせる。

「おまえ、悪魔と契約しただろ」

 その可憐な容姿からは想像つかない口調に、ゆりあは驚いた。

「ずいぶん口が悪いのね。……ええ、契約したわ」

 やはりこいつ、悪魔のこと知ってる?

 でも、いったいどうするつもりなの?

 突然、あゆの手に白く光る剣が現れた。

 辺りは一瞬真っ白な世界となる。

 その剣から発せられる光が異様に眩しく、ゆりあは目を細めた。

「では、おまえを殺す」

 あゆは静かにそう言うと、地面を蹴った。

 すると、ゆりあの手にも黒い剣が出現した。

 その剣は漆黒の刃でできており、黒い煙のようなものが剣の回りを覆っている。

 あゆが振り抜いた剣をゆりあが咄嗟に受け止めた。

 金属が重なる音が辺りに響く。

「っあんた、一体なんなの?」

 ゆりあは自分の力が増幅していることに驚く。

 今まで剣道などを習ったことはないし、剣を振るったこともない。

 こうやって戦えていることが、不思議だった。悪魔と契約したからなのだろうか。

 目の前の少女も強かったが、ゆりあも負けていなかった。

 激しく振り下ろされてくる剣、それを必死に受け流していく。

 戦っていく中で実感する。

 少女の動きは素人のものではない。そうとう死線をくぐり抜けてきたのだろうか、卓越した技に翻弄されてしまう。

 ゆりあは何故このような事態になっているのかわからなかったが、この戦いに負けてはいけないことだけは感覚的にわかった。

 やってやろうじゃない。

 ゆりあの口の端が上がる。

 二つの影は目に見えないほどの速さで動いていく。

 剣が重なる時の音だけが、暗闇の中に響き渡っていた。

 その頃、公園の片隅で、もう一つの影が動いた。

「いいねぇ、この音……」

 二人の動きを目で追う人物、あゆのクラスメートの京夜が嬉しそうに笑う。

「人間は、面白いね……人の純粋な心は美しい。

 魔族にとっては最大のエネルギーだ。人間はその貴重さに気づかず、簡単に手放してくれるから、楽でいい」

 ゆりあに視線を送ったあと、あゆへと移す。

「そして、君は特に面白い。

 他の誰にもないものを感じる……いつも楽しませてくれるよ」

 そう言うと、手に持っていたリンゴを一口かじった。

「さて、今回も楽しませてくれよ」

 そうつぶやくと、京夜はあゆたちの戦闘を見つめた。

 二人はお互いを睨み合っていた。

「やるじゃない……でもそろそろ限界なんじゃないかしら」

 ゆりあは余裕を見せようと虚勢を張るが、苦しそうに肩で息をしている。

「余裕っ」

 あゆも発言は強気だったが、かなり体力を消耗していた。

 もうそろそろ決めないと……長期戦になれば、体力に自信のない私には不利な戦いになる。

「いくぞっ」

 あゆが勢いよくゆりあに向かって走り出す。

 そのとき、野良猫があゆの視界に入った。

 こちらに歩いてくる。このままいけば戦闘に巻き込まれる。

 そう判断したあゆは、軌道を修正するため体勢が崩れた。

 その隙を、ゆりあは見逃さなかった。

「甘いっ!」

 ゆりあがあゆの脇腹目掛けて剣を振り抜いた。

 あゆは避けきれなかった。

「ちっ……」

 ゆりあから距離を取ったあゆは顔をしかめる。

 脇腹には、剣で裂かれた傷跡がしっかりと刻まれる。そこから血が滴り落ちていた。

 まずい、かなりのダメージを負ってしまった。早く決着をつけないと。

 あゆは強い眼差しをゆりあに向ける。

 深手を負い、血を流しながらもまだあきらめないあゆに対して、ゆりあが問いかける。

「もうあきらめなさいよ。……なんなの、どうしてそこまでするのよ!」

 ゆりあには理解できなかった。

 こんなことしていったい、何になる?

 ボロボロになりながら、血を流し、なおあきらめないその理由はいったい――。

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